今年ももう十日足らずで年が暮れてしまう。
12月23日になって、ふいにカイは明日がクリスマスイブである事を思い出した。しかし思い出したところで何の意味もない。この世界にクリスマスはないのだから。
それでも……と思う。自分ひとりぐらい、クリスマスを楽しむのも良いのではないのかと。皆にプレゼントを渡して、ちょっとした御馳走食べたりして……。魔王討伐の旅の途中といえど、そのぐらい楽しむ余裕があってもいいのではないのだろうか。
旅の途中で立ち寄った街でアルとジルと買い物をしている最中、カイは改めて回りを見渡す。
街は年越しの準備をする人達で賑やかである。年を越す前に建物を修理しておかなければならない職人たち。冬用の衣服を売る店。時節の食べ物を売る女性の声。ほのかに香ってくるのは、この世界で年明けに飾る花の独特の匂いだ。
「イベントはRPGの醍醐味だよな」
「なんのイベント?」
右腕にぴったりとくっついていたアルがカイの顔を見上げる。
「えっと、クリスマス……って言ってもわかんないか。俺だけの特別なイベント」
「カイの特別なイベント!? 教えて!」
左腕にぴったりとくっついていたジルが目を輝かせる。
アルとジルの様子を見て、カイはふたりにも手伝ってもらおうかと思いつく。
「いいよ、じゃあ……」
皆へのクリスマスプレゼント探しが始まった。
そんなこんなで迎えた、クリスマスイブ、当日。当然街はいつも通りだったが、カイにとっては特別な日だ。前世では毎年、家族や友人と楽しく過ごしていた。最期の年だって、幼馴染と一緒に過ごすはずだった……。ふと、胸に痛みを覚えた。
「…………?」
けれどその違和感の正体はわからず、すぐに思考の隅へ追いやる。
ハイノへのプレゼントは髪留め、ヴェルナーへは香水、レオンへはフルーツの砂糖漬け、ベンヤミンへは青い石細工。考えに考えた品が揃った。贈るタイミングはいつがいいだろうか。やはり夕食の前が盛り上がるだろうか。それともアルコールが入った夕食の後の方がいいだろうか? 知らず口の端がにんまりしてしまうのを、頬をぐりぐりして元に戻す。
「カイ、楽しそうだね」
アルが嬉しそうに右腕にまとわりついてくる。
「カイが楽しいと、自分達も嬉しいよ」
ジルも左腕を取って、にっこりと笑顔を見せた。
「そっか、ありがとな。ふたり共」
いつもは問題児なふたりだが、なんやかんやで可愛いものである。これでBLフラグさえ立たなければなおよかったのだが……まあ、それはもう嘆いても仕方がない。
「そうだ、ふたりにも何かプレゼントをしようと思ってたんだ。ふたりは何がいい?」
「「いらない」」
ふたり、声を揃えて即答した。
「え……?」
まさかの返答に、カイは戸惑う。
「なんで……? だって、お前達だけプレゼントなくていいのか? その、不公平……とか、思わないのか?」
よもや伝説の双剣アロイジウスにはプレゼントをもらうという俗な感情はないのだろうか。
「思わないよね、ジル」
「自分達は他の奴らとは違うもんね、アル」
「そ、そうなのか?」
自信満々に言われても対処に困る。……というか、アルとジルがこんなに聞き分けがいいと何か怖い気がするのは、うがった見方ではないだろうか。絶対に何かある。何かわからないけれど、絶対に何かしようと企んでいる気がする。
「おい、アル、ジル。折角のクリスマスに何かしたら、怒るからな?」
「カイ、ひどい!」
「そうだよ、自分達が何をしたっていうのさ!」
「いや、何もしてないけど。お前らは聞き分けが良い時ほど何かやらかすじゃん」
カイが指摘するとアルとジルはあからさまに目を逸らした。大変わかりやすい双剣である。この辺り、持ち主の気性が移ったのかもしれない。
「アル、ジル! 何か隠してるなら、言えよ!」
「やだ!」
「行こう、アル!」
いつもはうざったいくらいにカイにまとわりついてくるアルとジルが、カイの部屋から逃げ出す。こんなことはあり得ない。カイは茫然として部屋に取り残された。
皆はクリスマスプレゼントを喜んでくれた。カイが前世でのイベントだと説明すると、ちょっとした御馳走も食べた。旅の途中のささやかな思い出になるだろう。
しかしBLフラグは乱立してしまった。とにかくカイが選んだプレゼントが的確過ぎたのである。感動にむせび泣くハイノとレオン。いつもならあり得ないぐらい優しく笑みを浮かべるヴェルナー。うっとりと酔いしれるベンヤミン。迫りくる男達の恋情を片っ端から避けては殴り、へし折り、跡形もなく吹き飛ばしておいた。これでしばらくは大丈夫だろう。はー疲れた。
食堂から部屋に戻ろうとして、アルとジルをどうしたものかと考える。あれからふたりは帰って来なかった。さすがにもう帰ってくるとは思うが……時々思いも寄らない行動に出るので、油断は禁物である。
カイが自分の部屋の扉を開けようとした時だった。かすかに何者かの気配を感じる。悪意はないようだが……、こちらの気配をじっと伺っているようだ。勇者としての直感だからわかる。カイは思い切って扉を開けることにした。
「誰だ!」
「カイ、クリスマスおめでとう!」
「クリスマスプレゼントだよ、カイ!」
中にいた何者かは……ものすごい勢いでカイに飛びついて来た。そのままの勢いでカイは尻餅をつく。
「アル、ジル!?」
アルとジルがいる事はおおよそ予測はついていたものの、思いも寄らない言葉で迎えられてカイは目を見開いた。
「驚いた?」
「ねえ、驚いた?」
「…………驚いた」
まさか、この世界で、クリスマスを祝う言葉を聞けるなんて思わなった。
「なんでわかったんだ? クリスマスおめでとうって」
「だってカイがとっても楽しみにしてたもの」
「大事な日だからお祝いしようと思ったんだよ」
すとん、と胸の中で何かがはまった気がした。
「そっか……」
あの時感じた胸の痛み。あれは、郷愁。もう決して戻ることはないと知っていながら、それでもまだひとりクリスマスの思い出に浸っていたかった自分の願い。
カイは自分に覆いかぶさったふたりを抱きしめる。
「お前達にはわかるんだな……」
カイがもう誰とも共有できない時間を求めていたことを。
「自分達はカイの剣だよ。当然だよ」
「カイの事ならなんでもわかるよ」
いつもなら呆れてしまうところだが、今ばかりは頷くしかない。
「それに、カイだけプレゼントをもらえないなんて嫌だもの」
アルはそっと小さな箱を取り出した。可愛らしくラッピングされたその箱には、赤いリボンが巻かれている。
カイは立ち上がり、改めてふたりと部屋のベッドに腰を下ろした。
「ね、早く開けて」
ジルは待ちきれないというようにじっとカイの手元を見ている。
「今開けるよ」
カイは苦笑しながらリボンを解いていく。中の箱はアクセサリーボックスのようだった。そっと蓋を開くと、銀にきらめくペンダントが入っていた。長方形のペンダントトップには、この世界の言葉で『永遠の愛を貴方に』と刻まれている。
「…………」
すごい感動的なシーンなのだが、中々折りづらいBLフラグが立ってしまった。以前の純粋無垢なカイならば素直に喜んだのだろうが……。いや、でも。
「嬉しい?」
目をキラキラさせてふたりがカイに感想を求めてくる。
「うん、嬉しいよ。すごく嬉しい」
このフラグは、折らなくてもいいかな、なんて。
「カイ!」
「大好き!」
アルとジルがカイの頬にキスをする。
「ははっ、くすぐったい」
三人はふざけ合いながらベッドに転がり、大笑いした。
「カイ、これは自分達の愛の証だからね。ね、ジル」
「そうだよ、失くしたら怒るからね。ね、アル」
言いながらもついばむようなキスを続けるふたりに、カイは身をよじりながら頷く。これ以上は……と思ったところで、アルがささやいた。
「大丈夫、これ以上はしないよ」
「今日はここまでだよ、カイ」
続くジルの言葉に、身体の力が抜ける。
「ありがとう、ふたり共……」
「カイ、来年もお祝いしようね」
「カイと自分達、三人だけの特別な日だよ」
アルとジルの優しい声音に、心地よい浮遊感に包まれていく。
もう戻らない日々を思うこともあるけれど、今を大事にしてくれる人がいるから、自分はきっと幸せだと思う。カイはアルとジルに挟まれ、深い眠りに就いた。
「おいこら! アル、ジル、待て!!」
「わーい」
「やだよー」
ハイノが目を吊り上げてアルとジルを追いかけ回している。アルとジルは面白くてたまらないといった風に逃げ回っていた。
「えーと、これは何かな……?」
「アルとジルが旅の資金を半分も使っちゃったんですよ」
レオンが金貨を入れておいた革袋の口を広げて見せた。確かにごっそり減っている。
あ、これ永遠の愛の重みかな……?
「今日こそその生意気面ぶん殴ってやる!」
「ハイノなんかに伝説の双剣が殴れるわけないよね、ジル!」
「自分達の足下にも及ばないよね、アル!」
言いたい放題である。
そしてカイは背後からどんよりと冷気を感じた。
「おい、勇者様。どういうことか説明してみろ」
「あはははははヴェルナーさん、どうと言われましても」
しかしベンヤミンも困り顔をしている。
「カイ、アルとジルが何かをするのは、カイに関することしかないよ」
「うぐっ。こ、今回ばかりは許してやってくれないか……」
「え、カイさん!? 一体何があったんですか!?」
いつもはアルとジルの悪戯を許さないカイの意外な言葉に、レオン達が目を瞠る。
「じ、実は……金貨はおそらく……これに……」
カイは仕方なくペンダントを取り出した。さっとメンバーの顔色が変わる。
そこには『永遠の愛を貴方に』と刻まれている。昨夜バキバキに折りまくったフラグが再び乱立する音をカイは聞いた気がした。
クリスマス……凄まじい恋愛イベントである。
END